東京都の江戸川区に住んでるんだけど、区役所の人から江戸川区はほぼ全域が水没するって聞いた。そんなことあり得るの?
私もその話を聞いたことがある。江戸川区だけじゃなくて、墨田区や江東区、足立区、葛飾区も同じ様に水没するって話。でも実際にどんな状況になるのか、いまいちイメージができない
まず最初に、この記事では以下について解説します。
首都圏での自然災害というと何を思い浮かべるでしょうか。おそらく、多くの人が首都直下型地震を挙げると思います。内閣府の検討会では、首都直下型地震が発生すると、揺れによる全壊家屋は約175,000棟、 建物倒壊による死者は最大約11,000人と推計されています。何十年も前から首都直下型地震のリスクについては語られていますので、多くの人が首都直下型地震のリスクを認識していると思います。
一方で、首都圏では、直下型地震と同じぐらい大規模水害のリスクがあることを知っているでしょうか。内閣府の検討会によると、例えば利根川が氾濫した場合、浸水区域内に居住している人口は約230万人、死者数は約2,600人、孤立者数は最大約110万人と推計されています。また、高潮による氾濫では、浸水区域内に居住している人口は約140万人、死者数は約7,600人、孤立者数は最大約80万人と推計されています。首都圏における大規模水害は、首都直下型地震と同じぐらい、首都圏に大きな被害をもたらす可能性があることがわかるかと思います。
首都圏における大規模水害の危険性が伝わったと思いますので、以下では具体的にどのようなリスクがあるのかを解説いたします。
【概要】首都圏大規模水害とは
首都圏における大規模水害の概要
首都圏における大規模水害の認知度が低い理由としては、近年首都圏で大規模な水害が発生していないためだと考えられます。これは、行政により堤防等の治水施設等の整備が着実に進められ、相当程度の洪水・高潮には対応できるようになってきたことが大きな理由です。
一方で、近年の気候変動により大雨の発生頻度が増加傾向にあり、既存の堤防では処理しきれない大規模水害の発生が懸念されています。もし首都圏で利根川や荒川などの河川が氾濫したら、どの様な被害が発生するでしょうか?
以下の地図をご覧ください。この地図でピンク色で塗られている場所は、洪水により浸水が想定されている地域です。ご覧の通り、東京都では東側(荒川周辺)や南側(多摩川周辺)で大規模な浸水が予想されています。
この中で特に危険な地域が、東京東部低地帯に位置する江東5区(墨田区・江東区・足立区・葛飾区・江戸川区)になります。以下の図をご覧ください。江東5区は、平均海水面よりも標高が低い、いわゆるゼロメートル地帯に位置しており、水面よりも地面が低いところに、多くの人が居住しています。当然、ひとたび堤防が決壊、あるいは堤防を超える洪水が発生すると極めて深刻な水害となります。
上図の左の図は荒川が氾濫した時に浸水が想定される範囲を示していますが、江東5区では浸水深が10m近くに達する場所があることが確認できます。また、浸水が継続する時間は2週間以上と想定されています。これは、ゼロメートル地帯であるがゆえに、一度浸水してしまうと自然排水ができず、氾濫水の排水ができないためです。
過去に大都市で発生した大規模水害
近年は大都市圏での”大規模”な水害は発生していませんが、過去にはカスリーン台風洪水災害(1947年)や伊勢湾台風高潮災害(1959年)などの大規模な水害が発生してきました。
カスリーン台風洪水災害では、利根川本川の堤防が決壊し、氾濫水が東京に到達して江戸川、葛飾区の大半が水没し、浸水家屋数は384,743棟、死者数は1,077人、不明者数は853人という大きな被害をもたらしました。
また、伊勢湾台風高潮災害では、伊勢湾周辺の海岸、河川堤防が決壊して名古屋市南部、木曽三川下流デルタ地帯が長期間浸水し、浸水家屋数は363,611棟、死者数は4,697人、不明者数は401人という大きな被害をもたらしました。
前述の通り、堤防整備等により近年は大規模水害の発生は抑えられていますが、近年の気候変動等を踏まえ、利根川や荒川において戦後最大の洪水である昭和 22 年のカスリーン台風級、あるいはそれ以上の洪水が再び発生した場合等には、堤防の決壊による大規模な水害が発生するおそれがあり、大規模水害への備えをしておく必要があります。
【課題】江東5区の大規模水害による浸水リスク
大規模水害が発生して実際に起こること
江東5区で大規模水害が発生した場合、どの様なことが起こるか想像できますでしょうか。まずは、江東5区が作成しているリーフレット(以下の図)をご覧ください。
大規模水害の課題&普通の水害との違い
上記を踏まえ、大規模水害時の住民にとっての課題は以下3点になります。
- 江東5区内に留まった場合はライフラインがストップした状態で2週間以上の籠城生活を送らなければならない
- 江東5区の外に避難する場合はかなり早い段階から避難を開始しなければいけない
- 避難先はある程度自分で確保しなければいけない
このことから、大規模水害は普通の水害とは課題のスケールが全く違うことがご理解いただけたのではないかと思います。改めて、普通の水害と大規模水害の違いを整理してみたいと思います。
【普通の水害と大規模水害の違い】
普通の水害 | 大規模水害 | |
避難者 | 多くても数万人~数十万人 | 数百万人規模 |
浸水の状況 | 数時間から数日で水が引く | 2週間以上浸水が継続する |
避難先の確保 | 自宅近くの避難場所を行政が確保 | 他の市町村に自分で避難先を確保 |
避難のタイミング | 氾濫発生の数時間前 | 氾濫発生の24時間以上前 |
通常の水害と大規模水害は全く異なる災害であると認識しておくと良いと思います。
【対策】江東5区の住民はどの様に大規模水害に備えるべきか
大規模水害が予想される場合の対策のポイント
ここまでで課題を整理しましたが、最後に江東5区にお住いの方がどの様な対策を講じれば良いのかを解説します。まず最初に、江東5区が公表している大規模水害ハザードマップをご覧ください。こちらに基本的な答えが書いてあります。文字が潰れて見えない場合は、”江戸川区のホームページ”からご覧いただくこともできます。
上で記載した大規模水害が予想される場合の対策のポイントの中で、実際の避難の時に特に判断が難しいのは”避難のタイミング”だと思います。氾濫発生の48時間前あるいは24時間前というのはどの様な状況かイメージが付きますでしょうか。
結論から言うと、氾濫発生の48時間前や24時間前というのは、まだ台風が接近しておらず、空は晴れている状態である可能性も十分にあります。空が晴れている状態で、広域的に避難をするということが果たしてできるでしょうか。
現実的には、大規模水害についての知識を持っていないと不可能だと思われます。大規模水害に対する知識が無ければ、多くの人は次のように考えてしまうと思います。
- 自宅の2階に避難すれば良いのでは?
- なぜ空がまだ晴れているのに避難をしなければいけないのか?
- 自分で避難先を確保するなんてあり得ない。なぜ行政が確保しないんだ?
しかし、大規模水害のことを理解してれば次のように考えると思います。
- 江東5区内にとどまることのリスクは極めて高いから江東5区外に避難しよう。
- 台風が近づくと公共交通機関がストップし、避難者による自動車も渋滞が激しくなるから例え今晴れていても早めに避難しよう。
- 避難者が膨大で行政で全ての避難場所を確保することは不可能だから自分で避難先は確保しよう
この考えまで至れば大規模水害を過度に恐れる必要はなくなります。
大規模水害からの避難を行う上での留意点(予測精度)
以上で大規模水害の概要・課題と対策方法について、一通りの解説が完了しました。
次に、大規模水害からの避難を行う上での留意点を解説します。結論から言うと、氾濫発生の48時間前あるいは24時間前からの避難は空振りになる可能性が極めて高いことです。
現在の気象予測精度には限界があります。数日先の天気が晴れなのか雨なのかといった予想であればある程度の精度で予測が可能ですが、台風の進路や雨が具体的にどの程度降るのかといったことを数日前から精度高く予測することが現在の技術ではできません。
江東5区が発出する広域的な避難情報は、当然安全側で発出されますから、発出されたとしてもほぼ全てが空振りになると考えた方が良いです。
空振りが続くと、「今回もどうせ空振りだろ」と思ってしまい、避難をするのをやめてしまいがちです。ですが、もし避難をしなかったタイミングで大規模水害が発生したら、自分の命を落としてしまうかもしれません。不確実情報の中で避難をしなければいけないということを認識して、空振りしても良いという心構えでいることが非常に大切だと感じています。
(上級者向け)氾濫発生の48時間前や24時間前の状況の解説
上記で、「氾濫発生の48時間前や24時間前というのは、まだ台風が接近しておらず、空は晴れている状態」だとお伝えしましたが、ここではその根拠を解説したいと思います。ややマニアックな内容になりますので、興味のある方だけご確認いただければと思います。
まず最初に、台風により河川の下流域で氾濫が発生する時、どの様な時系列で氾濫に至るかご存じでしょうか。答えは以下の通りです。
- 台風が河川の上流域周辺を通過し、それに伴い河川の上流域で大雨が降る。
- 上流域で降った雨が下流に流れてきて下流で水位上昇し氾濫が発生する。
ここで言いたいことは”台風の接近と氾濫発生には時差がある”ということです。内閣府の検討会では、荒川下流域での氾濫発生の時系列として、わかりやすく下図の通り時系列が整理されていました。カスリーン台風洪水災害の実績に基づくと、荒川下流域で堤防決壊の恐れがある8時間程度前に台風が最接近して風雨が強まることが想定されています。
では、このシナリオに基づき、氾濫発生の48時間前や24時間前がどの様な状況か想定してみます。台風の移動速度は台風によって異なりますが、例えば移動速度を時速30kmだとしてみます。氾濫発生の8時間前に台風が最接近していますので、24時間前の避難となると最接近の16時間前ということになります。台風は16時間で480km進みますので、24時間前の避難であれば、まだ大阪あたりに台風があるということになります。
氾濫発生の48時間前はというと、最接近の40時間前となり、この間台風は1,200km進みます。東京から1,200km離れた場所というと、奄美大島あたりとなります。
奄美大島や大阪に台風がある状態で避難を開始しなければいけないというイメージを事前に持っておくことも重要になります。
まとめ
この記事では、首都圏で発生が想定される大規模災害として、大規模水害を解説しました。大規模水害は首都直下型地震と並んで、首都圏で最も甚大な被害をもたらす可能性がある災害です。
大規模水害は近年発生していないのであまり意識されない災害ですが、近年の気候変動を踏まえるといつ発生してもおかしくない状況です。もし発生してしまうと極めて甚大な被害をもたらしますので、大規模水害とはどのような特徴があるのか、課題は何なのか、どの様に備えれば良いのかを平時からしっかりと認識しておくことが必要です。
この記事では東京都の江東5区を中心に紹介しましたが、伊勢湾や大阪湾周辺の地域も同様にゼロメートル地帯を有していて、大規模水害の発生が懸念されます。大規模水害の基本的な考え方は上で紹介した通りですので、三大都市圏のゼロメートル地帯に居住する方は、大規模水害のリスクを把握し、対策に役立ててほしいと考えています。
なお、大規模水害を含めて首都圏の災害リスクに関する記事を以下にまとめていますので、興味のある方はこちらもご一読いただければと思います。
長い記事となりましたが、大規模水害についての記事は以上となります。最後までお読みいただきありがとうございました。
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